低反射タッチパネル
1.はじめに
抵抗膜方式の低反射ガラス-ガラスタッチパネルは、高い環境信頼性と日中の車内での視認性の良さから、主に純正仕様のカーナビゲーション用に採用されている。国内カーナビゲーションの販売台数は400万台を越え、タッチパネル搭載率は60%に達したと推定される。近年タッチパネル搭載カーナビゲーションの普及と共に、低反射タッチパネルの視認性の良さが一般に認知されてきたと共に、各種フィルム材料開発が進み、ガラス-ガラス代替となりえるフィルム-ガラスが登場しつつある。これら低反射タッチパネルの技術動向について述べる。
2.低反射ガラス-ガラスタッチパネル
2.1 直線偏光タイプ低反射ガラス-ガラスタッチパネルの構造例を図1に示す。これらのタッチパネルはその表面に直線偏光板(Polarizing film)を有していることを特徴とする。タッチパネルの最表面に偏光板を貼ることにより外部からの入射光の絶対量を低減し、タッチパネル内部の材料界面からの反射光量を抑えることで低反射化されるため、日光の下でもLCDが見やすくなる。ガラス-ガラスタッチパネルセルに直線偏光板を追加しただけの一番単純な構造のものは「直線偏光タイプ(Linearly polarized type)」と呼ばれている(図1(a))。
直線偏光タイプよりさらに視認性を上げるため、直線偏光板と位相差板(Retardation film)2枚を組み合わせたものは「円偏光タイプ(Circularly polarized type)」と呼ばれている。タッチパネル内部に入った光を直線偏光板に吸収させることで反射光を7%以下に低減させるものである(図1(b))。
これら低反射タッチパネルの表面および裏面にAR(Anti-refrection、反射防止)層を設けることにより、さらにタッチパネル表面と底面からの光の反射を防止することができる。反射率1%以下に到達することが可能である(図1(c))。このような超低反射タッチパネルは主に欧米の強い日差しの中で使用される用途に使われている。
2.3 偏光サングラス対応品
低反射タッチパネルは、LCDからの光を偏光光のまま通過させているため、偏光サングラスによっては、偏光軸がLCDと合致して表示が全く見えなくなることがある(写真1)。位相差板を1枚組み合わせることによりこれを回避することができる(図1(d)(e))。
(a)偏光サングラスと液晶の偏光軸が一致したとき | (b)偏光サングラスの偏光軸と液晶の偏光軸のなす角度が0から90の間にあるとき | (c)偏光サングラスの偏光軸と液晶の偏光軸のなす角度が直交したとき |
3.低反射フィルム-ガラスタッチパネル
低反射フィルム-ガラスの構造を図2に示す。フィルム-ガラスタッチパネルにも直線偏光タイプ(図2(a))と円偏光タイプ(図2(b)-(d))がある。これらに使用されるフィルムにはそれぞれ異なった光学特性が必要とされる。 円偏光タイプの場合、位相差板に直接ITO膜を成膜することで、部品点数を減らせる点でガラス-ガラスタッチパネルと大きく異なる(図2(c),(d))。
3.1 直線偏光タイプ フィルム-ガラスタッチパネル
低反射直線偏光タイプのフィルム-ガラスに使用されるフィルムには、光学等方性(Optically isotropic)が必要である。一般的に抵抗膜方式で用いられている透明導電基板であるITO付きPETフィルムは、光学異方性(Optically anisotropic)があるため、偏光板を貼って液晶の上に乗せると虹模様が見える(写真2)。これはLCDからの光がPETフィルムを通過した時、各波長毎に位相差が生じ、再び偏光板を通過するときに重ねあわされるためである。
以下、このタイプに用いられるフィルム材料に求められる機能について述べる 。
低反射直線偏光タイプのフィルム-ガラスに使用されるフィルムには、光学等方性(Optically isotropic)が必要である。一般的に抵抗膜方式で用いられている透明導電基板であるITO付きPETフィルムは、光学異方性(Optically anisotropic)があるため、偏光板を貼って液晶の上に乗せると虹模様が見える(写真2)。これはLCDからの光がPETフィルムを通過した時、各波長毎に位相差が生じ、再び偏光板を通過するときに重ねあわされるためである。
以下、このタイプに用いられるフィルム材料に求められる機能について述べる 。
【写真2 光学等方フィルム(左)とPETフィルム(右)の上に偏光板を貼った時の見え方の違い】
3.1.1 光学等方性光学等方性とは、ある物質中を光が通過するとき,振動面の向きに拠らず、その進む速度が同じ(屈折率が同じ)であることを言う(図3)。光の振動面により屈折率が異なる現象を複屈折(Birefringence)と言い、複屈折の大きさは通過した光の位相差(Retardation)として測定することができる。低反射タッチパネル用フィルムとしてはできるだけ複屈折がないことが求められ、フィルムを選択する際の指標となる。
【図3 位相差】
複屈折光の屈折率の差をΔRe、異方性物質の厚みをdとすると、位相差は下の(1)式で表される。2πdΔRe/λ λは光の波長 ・・・(1)
単位はnmで、一般的にはλは人間の視感度が最も高い550nmで比較される。この式から、厚みが薄いほど位相差が小さくなることがわかるが、フィルム化、フィルムへのコーティング時の加工性、タッチパネルメーカーでの工程上の取り扱いを考えると、100μm以上の厚みが妥当と考えられる。
3.1.2 位相差の波長分散性・温度依存性
光学等方性材料の位相差は波長によって若干異なる。これを波長分散性があるといい、一般的には透過光の低波長側では高く、長波長側では低くなる傾向がある(図4)。
この特性を「負の波長分散性」があるといい、これとは逆の、長波長になるほど位相差の絶対値が高くなる場合には「正の波長分散性」または「逆分散性」があるという。なるべく広波長帯域で変化がないことが求められる。また、位相差は一般的に温度依存性があるが、変化率は小さい方が好ましい。
光学等方性材料の位相差は波長によって若干異なる。これを波長分散性があるといい、一般的には透過光の低波長側では高く、長波長側では低くなる傾向がある(図4)。
この特性を「負の波長分散性」があるといい、これとは逆の、長波長になるほど位相差の絶対値が高くなる場合には「正の波長分散性」または「逆分散性」があるという。なるべく広波長帯域で変化がないことが求められる。また、位相差は一般的に温度依存性があるが、変化率は小さい方が好ましい。
【図4 位相差の波長分散特性】
3.1.3 光弾性光学等方性材料でも、外部応力によって一時的に複屈折を生じる。これを光弾性効果といい、応力によってどのくらい複屈折を生じるかを示す値が光弾性係数である。複屈折による光路差をδ(nm)、応力をF(Pa)、厚さをd(cm)、光弾性係数をβとすると、(2)式のような関係がある。
δ=β・d・F ・・・(2)
タッチパネル用フィルム材料として、光弾性係数は出来るだけ小さい方が好ましい。光弾性係数が大きいと、材料構成によっては枠シールの保持力と偏光板の収縮応力の兼ね合いで複屈折が生じて着色してしまうことがある。光弾性係数が大きい材料と小さい材料にそれぞれ偏光板を貼って液晶の前で曲げて比較すると、良く比較できる(写真3)
※光学等方性フィルムの上に偏光板を貼り、偏光軸を合わせて液晶の上で曲げると、光弾性係数が高い材料は色がついて見える。偏光軸を直交させて配置すると本来光を通さないはずの状態でも光が透過するのがわかる。 |
3.1.4 アンチニュートンリング性と透過鮮明性
ガラスと比較してフィルムは剛性がなく、環境の変化によって伸縮する。低反射タイプの場合には偏光板を“動く”フィルムの上に貼るため、タッチパネルの表面の形状を一様に製造することは困難である。そのため、少なくとも外観上の欠点となるニュートンリング現象を防ぐため、上部電極もしくは下部電極にアンチニュートンリング処理を施すのが一般的である。
アンチニュートンリング処理とは、一般的にはITO膜の表面に、ある大きさの凹凸を設けることで光の干渉を防ぐもので、この凹凸で乱反射された光が液晶のセルピッチと干渉を起こしやすく、透過鮮明性(ぎらつき感)を低下させる要因となる。近年ますます液晶が高精細化しており、透過鮮明性の要求レベルが高くなってきている。ニュートンリングの見えにくさと透過鮮明性の両立が求められる。
3.2 円偏光タイプフィルム-ガラスタッチパネル
低反射円偏光タイプのフィルム-ガラスは、ITO膜付きの光学等方性フィルムに、直線偏光板と位相差板を組み合わせることで実現できる(図2(b))。位相差板を電極基板として用いれば、構成部材が減らせてコスト的にも構造設計上でも好ましい(図2(c),(d))。<BR>このようなコンセプトの元、位相差フィルムにITO膜をスパッタ成膜する検討が行われてきたが、数年前までは位相差フィルムの脆性と低耐熱性の問題から、高環境信頼性のあるITO膜を成膜させることが困難であった。しかし、最近では樹脂の改良が進んでTgが160℃を超えるものが出来てきており、一般的な仕様のタッチパネル用として十分な性能を有するITO膜付き位相差フィルムが登場している。<BR> 位相差フィルムは低複屈折性の高分子材料を一軸延伸することにより製造される。そのため、先に述べた光学等方性フィルムとほぼ同様の樹脂から製造される。延伸することにより、高分子鎖が配向するため、延伸方向の屈折率とそれに直交する方向の屈折率に差異が生じ、位相差が発生する。延伸倍率により、延伸方向とその直交方向の屈折率とフィルム厚を調節して位相差値をコントロールする。
現在、商業的に入手可能で、かつタッチパネル用として十分な性能を有するITO膜付き位相差フィルムは非常に限られている。材料自体がPETフィルムと比較すると脆く、従来と同様な加工工程では取り扱いが難しい。さらに、タッチパネルの材料構成バランスを取るのが難しいという問題がある。液晶の光学補償の技術からの派生した材料であるため、厚みや脆性、耐熱性などの点でタッチパネル用に開発されたとは言い難い面があり、価格も含め、まだまだ開発の余地がある。
ガラスと比較してフィルムは剛性がなく、環境の変化によって伸縮する。低反射タイプの場合には偏光板を“動く”フィルムの上に貼るため、タッチパネルの表面の形状を一様に製造することは困難である。そのため、少なくとも外観上の欠点となるニュートンリング現象を防ぐため、上部電極もしくは下部電極にアンチニュートンリング処理を施すのが一般的である。
アンチニュートンリング処理とは、一般的にはITO膜の表面に、ある大きさの凹凸を設けることで光の干渉を防ぐもので、この凹凸で乱反射された光が液晶のセルピッチと干渉を起こしやすく、透過鮮明性(ぎらつき感)を低下させる要因となる。近年ますます液晶が高精細化しており、透過鮮明性の要求レベルが高くなってきている。ニュートンリングの見えにくさと透過鮮明性の両立が求められる。
3.2 円偏光タイプフィルム-ガラスタッチパネル
低反射円偏光タイプのフィルム-ガラスは、ITO膜付きの光学等方性フィルムに、直線偏光板と位相差板を組み合わせることで実現できる(図2(b))。位相差板を電極基板として用いれば、構成部材が減らせてコスト的にも構造設計上でも好ましい(図2(c),(d))。<BR>このようなコンセプトの元、位相差フィルムにITO膜をスパッタ成膜する検討が行われてきたが、数年前までは位相差フィルムの脆性と低耐熱性の問題から、高環境信頼性のあるITO膜を成膜させることが困難であった。しかし、最近では樹脂の改良が進んでTgが160℃を超えるものが出来てきており、一般的な仕様のタッチパネル用として十分な性能を有するITO膜付き位相差フィルムが登場している。<BR> 位相差フィルムは低複屈折性の高分子材料を一軸延伸することにより製造される。そのため、先に述べた光学等方性フィルムとほぼ同様の樹脂から製造される。延伸することにより、高分子鎖が配向するため、延伸方向の屈折率とそれに直交する方向の屈折率に差異が生じ、位相差が発生する。延伸倍率により、延伸方向とその直交方向の屈折率とフィルム厚を調節して位相差値をコントロールする。
現在、商業的に入手可能で、かつタッチパネル用として十分な性能を有するITO膜付き位相差フィルムは非常に限られている。材料自体がPETフィルムと比較すると脆く、従来と同様な加工工程では取り扱いが難しい。さらに、タッチパネルの材料構成バランスを取るのが難しいという問題がある。液晶の光学補償の技術からの派生した材料であるため、厚みや脆性、耐熱性などの点でタッチパネル用に開発されたとは言い難い面があり、価格も含め、まだまだ開発の余地がある。
4.低反射タッチパネルの住み分け
低反射フィルム-ガラスタッチパネルが登場し、ガラス-ガラスタッチパネルとの住み分けが進んでいる。ガラス-ガラスタッチパネルは機密性(バリア性)が非常に高く、ITO膜の侵食の原因となる水分やその他物質を通しにくいため、環境信頼性が高い。また、ガラスには剛性があるため、偏光板の収縮応力に耐えることが出来る。そのため、高環境信頼性が要求される車載純正仕様のカーナビゲーション用途に適している。ガラス-ガラスタッチパネルの問題点の一つは、上部電極板として用いているITOガラスが薄板ゆえに大面積化できず、ITO成膜も難しいため、コストがなかなか下がらないことにある。また、フィルム-ガラスと比較すると操作荷重が重く、ペン入力や軽い操作感を要望される場合には対応しづらいという問題もある。低反射フィルム-ガラスはこれらの問題点対応した製品として位置づけられる。
低反射フィルム-ガラスタッチパネルは車載用として実使用上十分な耐環境性があるものの、上部電極が高分子化合物(フィルム)で構成されることになるので、偏光板の収縮応力や偏光板からの酸性のアウトガスの影響をうけ、環境信頼性はガラス-ガラスのそれを超えることは難しい。
低反射フィルム-ガラスタッチパネルの耐環境性改善として、シール剤やフィルム材料のバリア性の向上、ITO膜の耐酸性向上、偏光板の収縮応力の緩和(総厚みの低減、材料構成変更、応力緩和性のある粘着剤の採用)、など、取り組むべき課題は多い。
5.おわりに
抵抗膜方式タッチパネルの技術は成熟期に入り、安価な海外製タッチパネルとの価格競争の時代となった。数年前まで安かろう悪かろうと言われていた海外製も、量産を経験していくうちに技術力をつけて日系メーカーと遜色ないレベルになってきた。そのような中で、いかに独自性、優位性を保てるかがタッチパネルメーカーとしての存亡の鍵となる。幸いなことに、日系材料メーカーは偏光板をはじめとする、高機能化成品の開発にノウハウの蓄積がある。このような地の利を生かし、我々はタッチパネルを単なる透明スイッチと言うカテゴリーから、LCDの光学補償手段を兼ねたスイッチへ進化させることができる。 LCDを初めとするフラットパネルディスプレイ用の派生品ではなく、タッチパネル用に適した材料の開発へメーカーの目を向けさせることが課題である。
参考文献
1) 今井 一博:月刊ディスプレイ,Vol.10,No.3,pp.70-73(2004)
2) 城 尚志,花田 亨,谷田部 俊明:月刊ディスプレイ,Vol.9,No.11,pp.77-82?(2003)
3) 保坂 康,上田光一:月刊ディスプレイ,Vol.9,No.3,pp.55-61(2003)
筆者:SMK TP事業部 製造部 機構設計課 中山 尚美
出典:月刊ディスプレイ 2007年3月号、別冊ディスプレイ 2009年7月
1) 今井 一博:月刊ディスプレイ,Vol.10,No.3,pp.70-73(2004)
2) 城 尚志,花田 亨,谷田部 俊明:月刊ディスプレイ,Vol.9,No.11,pp.77-82?(2003)
3) 保坂 康,上田光一:月刊ディスプレイ,Vol.9,No.3,pp.55-61(2003)
筆者:SMK TP事業部 製造部 機構設計課 中山 尚美
出典:月刊ディスプレイ 2007年3月号、別冊ディスプレイ 2009年7月